伊勢長島一向一揆の大虐殺と捕らえられた少年カムイ..①
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1574年、織田信長は8万の大軍を幾手にも分けて伊勢長島の国境を一気に侵入し、虐殺の限りを尽くしました。
当時は一向宗は権力者には都合の悪い宗教で大名たちはみな弾圧をしていたのです。
しかし民衆の信仰心は強く、弾圧する大名たちに反旗を翻し、一揆を起こします。
そしてこの伊勢長島の一向一揆は歴史的な一揆になりました。
小さな伊勢の村々は数百の柴田勝家の軍勢に包囲され、女子どもまで残らず切り殺されました。
柴田勝家の家臣の龍神寺一族は残虐さに異常な性欲の一族で担当の村は包囲した上、女子どもは助ける、と呼び掛けます。
最初は全員討ち死にを覚悟した村人たちも包囲され、水や食料を絶たれると恐ろしい飢えが始まり、やむを得ず女子どもを引き渡しました。
村からかなり離れた山の裏側に用意されたお寺の本堂に降伏した女子どもが集められ、姿形の美しい子どものみ残して後は皆、その場で首を切られます。
生き残った子どもたちも戦場のすさんだ兵士たちの慰み者として配れ、輪姦されて殺されました。
この龍神寺部隊の皆