ナターシャ
2019-01-13
(一)
なだらかな丘を下って谷地に着くと、一匹のエゾ鹿がいた。まるで自分の領地であるかのようにゆうゆうと角をこきざみに振って、芽生えたばかりの若草を美味しそうに食んでいる。私は息を呑んで、その姿に見とれてしまった。まだ溶けきれない雪が所々残った沼地で、器用に毒草である福寿草をさけて食べている姿は、生きるために十分な知能を持っていることを示している。話しかけると、返事をしそうだ。そんなことを思ってしまった。
やがて、私の姿に気づくと、ヒーと一声鳴いて、丘に駆け上がり見えなくなってしまった。私は、その姿を見届けると、コナラなどの炭焼きに適した木を切り倒しにかかった。
昭和三十年初期。ここ北海道東部の別海町西春別では、まだ酪農に移行していなかった。春にはソバやナタネなどの種をまいて秋にわずかな収穫しか得られず、炭焼きは一年をとおして収入が得られる大切な仕事だが、私たちが持てるような小さい炭窯では十分な収入を得られない。それに、買い取ってくれるところも、そんな多くは買ってくれなかった。それゆえ、当時は借金をして、年を越