タクトを振る白雪姫

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2018-03-16




 ソメイヨシノの花びらがいっせいに散って、入学式が慌ただしく終わり、新入生たちも漸く落ち着いて来た頃。私は自分の生き方を悩んで、一人廊下を歩いていた。
 去年の私は、希望に満ちてこのM音大に入って来たが、たくさんの才能の中に埋もれて、誰も私のピアノを認めてはくれない。ピアノで食べて行くことに限界を感じていた時だった。
「よお、野島。今日暇か?」
「なんだよ、ナベ。暇に決まっているだろう」
「だったら、噂の天才女性指揮者のコンサート、行ってみようぜ?」
「ああ、行くよ。でも、つまらなかったらすぐに帰るからな」
「よし、講堂大ホールに六時だ。じゃあな」
 そう言って渡辺順一は、ピアノピースを持って練習室に入って行った。彼の親戚は、作家で有名な渡辺淳一なのだが、本人はこの名前を嫌っている。それは、文才をまったく持っていないからである。だから、普段はナベと愛称で呼んでいるのだが、なぜか私といつもつるんでいる。百九十一センチもある私を恐れて、誰も話し掛けようとはしないの

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