アキ
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なおぼんが前に不倫してた彼の話です。
彼の口から語ってもらうね。
「五番街のマリーへ」ではないけれど、遠い昔、アキという女と暮らしたことがあった。
その頃、私は六畳一間の仮住まいで、左翼系雑誌の執筆をしていた。
年老いた海辺の村に漸(ようや)くたどり着いたのは、それより一月ほど前だったか。
居場所を秘匿(ひとく)しての潜伏生活だった。
村には何もなかったけれど、情けがあった。
たったそれだけのことで私は、ここに逗留(とうりゅう)したのである。
今となっては、アキがいたからという理由(わけ)も成り立つのだけれども。
アキはこの漁村で海女(あま)をしている、おそらく三十にはならない女だった。
年老いた母親と二人暮らしをしていた。
実を言うと、このアキ一家の伝(つて)で、そのぼろ屋敷を間借りすることができたのである。
アキは一度、村の男と一緒になったが、その夫も数年前の嵐の夜に船ごと波にさらわれて行方知れずの身の上だった。
言い寄る男はいなかった