高垣楓と少年(1)
2023-07-25
「最悪だ」
グレーのトレーナーを着た短髪の少年は独りごち、目の前ある温泉を見た。
湯は無色透明で石畳の底を覗かしながらも、うっすらと白い湯気が立ち上がっている。
まだ春先の肌寒い日に入るには丁度良さそう。けれど少年はため息をこぼし、上を見上げた。まだ冬を感じさせる白けた淡い青い空が広がっていた。空には雲ひとつなく、少し傾いた陽の光は柔らかで、日本晴れという言葉を体現したかのよう。
──これがうちの風呂だったらな
少年はもう一度ため息をこぼし、今度は当たりを見渡した。
川が見える。雪解け水が流れ込んでいるためか流れは速く、ざわめきのような川音がしっかりと聞こえる。川と温泉と川を隔てる柵などはなく、石畳のすぐ向こうに、新緑が芽吹いたばかりの河原が温泉のすぐ目の前に広がり、その奥には同じく新緑が芽吹いた山の木々がさざめいている。
少年が川音に耳をとられていると「おーい。はやくしろよー」よく通った声が上からす