ゆきおんな
2010-04-18
「三ヵ月だって…」
彼女が唐突に妊娠を明かした。
勤め先の後輩で、なんとなしに交際を始めて2年と少しが経つ。20代も終盤に差し掛かり、収入も安定し、将来もそこそこに見えてきた。別に授かった命を払う理由などなかった。
「籍、入れようか」
そう言うと、彼女は強張っていた表情を緩め、えくぼをつくってみせた。その後すぐに流した涙を見て、その笑顔の理由が喜びではなく安堵なのだなと、勝手に悟った。
(いよいよ俺も大人になるんだな)
決断の出来る人間を“大人”だと解釈している。
レールの敷かれる人生を、躊躇せずに選択する畏怖。終点まで見える道を、まっすぐに見つめる恐怖。
そういう精神的重圧に立ち向かおうとする意思を持つことが、大人になることなのだと。
だが、頭で考えはしたが、実感などなかった。
小さく嗚咽を漏らす彼女を抱き寄せながら、虚空を見つめ、またなんとなしに人生を選択したのだと思った。