カメラマンと兄

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2010-08-04

時計を見ると、午後四時。ガラス越しに店の中を覗きこんだ。暖簾の隙間から、兄貴の背中が見えた。夜八時から明け方まで営業している兄貴のラーメン屋は、まだ仕込みを始めたばかりの時間帯だった。
俺は、店のドアを開け、小さな声で、ちわす、と言って、背中の大きな荷物を床に下ろした。
「よお、今度はどこへ行くんだ?」
兄貴が、いつもと同じように、黒々とした髭の中に、白い歯を見せて笑った。
俺は、あまり儲からないフリーのカメラマン。そんな俺が、兄貴の店に顔を出すのは、遠くへ仕事に行くときだった。店に行くのは、決まって、開店直前の午後七時ごろ。俺は、兄貴のラーメンを食ってから、夜行の電車やバスに乗って、現地に向かった。兄貴の店に行くのは、俺にとってある種、旅に出る前の儀式だった。
「今日は、早いな」
「いつもより、早く行かなきゃいけないんだ」
「この時間じゃ、まだ(ラーメンは)出せねえぞ」
「じゃあ今日は、諦めるかな」
兄貴は、忙しそうに狭い厨房の中を動きまわっていた。俺は、兄貴が出してくれた水を飲み

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