紅い唇の夜来香(いえらいしゃん)
2017-06-29
一
あれは、一九八二年五月。千葉県の片田舎にある工科大学の入学式をすませ授業にもどうにか慣れたころ、僕は彼女と出会った。学食の食券売り場で、その女はなかなかメニューが決まらないで、長い時間かかっていた。僕はイライラして待っていたが、思わず口に出てしまった。
「早くしろよ」
小さい声だったが、それに反応して振り向く彼女。しかし、なぜか笑顔で聞いて来た。
「悪いね。あなた、カルボナーラとペペロンチーノ、どちらがいいか?」
彼女は、唇がやけに紅く映っていた。フワッと優しそうな顔をして、髪はショートカットで肩口まで揃えて、柔らかい色のワンピースを上手に着こなしている姿は、上品ですこぶる美人なのだが、言葉から明らかに中国人と分かる。中国人は、僕らに評判がよくない。相手のことを考えるだとか、相手の考えを尊重するだとかしないからだ。そして、この中国人も今の言動から、そのぶるいに入る。
だが、今はどちらの料理が美味いかと言う話だ。僕の口は、嫌悪感に反して自動的に答えていた。
「僕なら、だ